敵の口が開いた。来る!
「ヒュゴォオオー」
凍てつく冷気がリーベルを襲う。上半身をひねってなんとかかわした。すぐさま距離を詰められる。
ガキーン!
間一髪、剣で敵の恐るべき鉤爪を受け止めた。すぐにもう一本の腕が伸びてくる。ガシッ。想いの盾で受けた。危ない。
「くっ・・・」
いったん距離を取るリーベル。強い。六本ある腕がそれぞれ違う生き物のように縦横無尽に攻撃を仕掛けてくる。
さらに時おり口から発射される強烈な冷気。まともに喰らったら凍り付いてしまいそうだ。偵察隊の隊長というだけはある。
リーベルは自分の力と相手の力量/相性を分析して戦術を練ることは得意だが、このレベルが相手ではなかなか活路が見いだせない。
当のリーベルは勝てずとも負けなければそれでいいと考えていた。自分が強敵を引き留めることでスナイデルたちモンマルトルの人たちの負担が減るからだ。
それだけでも大きな意味がある。そして敵にとっては少なくともスナイデルが帰ってきていることは誤算なはずだ。
当然だ。今帰ってきたばかりなのだから。
「子供のくせに、しぶといやつめ。しかも・・・むこうにいるのはスナイデルではないか。昨日まではいなかったというのに。早く仕留めないと戦力が削られてしまう」
スナイデルがいることに気づいたようだ。予想外のことに焦り始めている。その時、
キュイイィィーン。
低い機械音と共にリーベルの右側(敵の左側)から何かの物体が地上を滑るように高速で近づいてきた。
敵か?リーベルは背筋が凍り付いた。視線をすばやく接近する何かに移した。
それはいま自分が戦っている敵と同じく、腕が2本ではない・・・ロボットだった。
反応は敵の方が速かった。
「クロか!来やがったな!」
新たに出現したロボットの方を脅威と認識したのだろう。リーベルには目もくれず、高速で接近するロボットに向かっていった。
ギャキィイイイーン。ギギィイィギンギギン!
6本の鉤爪と4本の刃物が激しくぶつかり合う。少なくとも敵の敵らしい。すぐにお互い距離を取った。
「はあっはあっ」
リーベルとの戦いでは息一つ乱れていなかった隊長がすでに息を切らしている。
「クロとスナイデルが揃ったらまずい。者ども!退却するぞ!」
ドン、ドン、ドドン、ドドドドドドド。
退却のドラムだろうか。モンスターたちが退いていく。後に残ったリーベルとロボット。
「あの・・・ありがとう」
声をかけた。彫刻売りのおじいさんが売っていた彫り物に少し似ている感じがした。
シャキ。ピピピ。
目の部分だろうか。オレンジの光がリーベルを見て青色に点滅した。
「リーベル!大丈夫か?」
スナイデルが駆けつけてくれた。
「戦力が少ないと見て攻めてきたようだ。お前がいるのに失礼なやつらだよな、クロ」
「クロ、オコル」
ロボットがしゃべった!一番の驚きだった。
「ハッハッハッハハッー!オー。ハッハッハッハハッ!オー・・・」
次の日、リーベルとジャンはモンマルトル寺院の広場で稽古をしていた。もちろん元々修行をしていた大人や子供、モンスターやロボットたちと一緒に、である。
「ハッハッハッ!でちゅ」
くっぴーも目の色を変えて頑張っている。
「くっぴーもやる気だな。俺たちも3つの試練、乗り越えようぜ」
隣で目の色を変えているジャンが言った。
―3つの試練―
昨日ヒュードラの偵察隊を退けた後、スナイデルからモンマルトル寺院のことを教えてもらった。モンマルトル寺院はルークという人が大僧正をしているらしい。
人や動物、モンスターやロボットの平穏な生活を脅かす邪悪な存在と敵対してきた。今の時代その対象は四天王ヒュードラ、ひいては獄竜王率いるモンスター軍だが、モンスター全てが邪悪なわけではない。
平穏な生活を脅かすのが人間である場合もあるし、実際にモンマルトルは人間の勢力とも争った歴史があるそうだ。
モンマルトルでは3つの試練がある。
『守の試練』
『破の試練』
『離の試練』
「守破離」という言葉がある。
「守」は師や流派の教え、技を忠実に守り、確実に身に付けさせる段階。
「破」は他の師や流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。
「離」は1つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階。
という意味だ。
モンマルトルではこの3つの試練を乗り越えれば師範代になれるということだ。
いまリーベルたちが稽古している『守の間』の師範代はスナイデル。
『破の間』の師範代はいま留守らしい。
『離の間』の師範代は偵察隊隊長との戦いの途中で現れたロボットということだ。
どおりで強いわけだ。スナイデルからこの話を聞き、リーベルとジャンは自らの意思で3つの試練に挑戦することにしたのだ。
旅の目的を忘れたわけではない。むしろ目的を達成したいからこそ、この一見遠回りに見える道を選んだのだ。
理由はサギヌマ橋でスナイデルに語った通りだ。目的は「結界を解くこと」ではなく「結界を解いて獄竜王を倒すこと」だ。その力がないのであれば、結界を解くべきではない。
力を付けるにはどうしたらいいか。努力するしかない、ということだ。
『守の間』の修行は熾烈を極めた。
広場での「型」の稽古。同じ動きを1万回。でこぼこした山道の走り込み。海での水泳。寺院の中での瞑想だ。
スナイデルが徹底的にこだわっているのが「呼吸」と「静と動」だ。呼吸については
「1秒間に20回呼吸できるようになれ」「水の中で昼寝しろ」「1時間吸って、1時間吐け」
こんな具合だ。
静と動については
「水の上を走れるようになれ」「寝ている時に完全に止まれ。呼吸で胸も動かすな」「戦っている最中であっても、いつでも石のように体の動きを止められるようになれ。まばたきすらするな」
厳しい稽古だが門下生はみな自主的に取り組んでいる。自分の限界が来たら稽古を止め、一礼して稽古場から離れていく。
スナイデルは何も言わない。誰も強制的にやらされていない。自分の意思で取り組んでいる。リーベルはこんな世界があるんだと、感動していた。
ある日のことだ。稽古を終えたリーベルとジャンは寺院の近くの温泉に入って疲れをいやしていた。
「ふいー。今日も厳しい稽古だったぁ。リーベル、今日は水の上を20歩走れてたよね。僕はあれは苦手だわ」
「そういうジャンも水の中で3分くらい眠ってたよ。大丈夫かな?と心配したくらい」
「水中昼寝は僕、得意かも」
なんて話をしていると、スナイデルが温泉に入ってきた。
「おー。お前たちも入ってたのか」
「今日もお疲れ様でした!」
挨拶をする二人。そうだ。リーベルはずっと聞きたいと思っていたことを聞いてみた。
「スナイデルさんがモンマルトル寺院の師範代になるきっかけは何だったんですか?」
「俺か?まあ、師匠の影響というやつかな」
「スナイデルさんの師匠って誰?」
「話してなかったか。お前たちも知っている『白銀の勇者』さ」
「っええーー?」
スナイデルは話し始めた。
エルフは基本的に精霊界に住む種族である。そしてエルフの寿命は長い。
エルフは「人間界など卑しい者たちが住む世界だ。見よ、ちっぽけな寿命しかない人間と凶悪なモンスターを」と考えていた。
だがエルフにも変わった考えの者もいる。
「寿命が短いからこそ彼らは自分の命を完全燃焼させようと努力し、彼らの人生は光り輝くのだ。なんて尊いのか。モンスターの危険など言うに及ばず」
と精霊界から人間界に移り住む者もいるのだ。中には人間と心を通わせ、結婚する者たちもいる。人間とエルフの子供をハーフエルフという。スナイデルはハーフエルフらしい。
スナイデルの家族を含むエルフの一族は人間界でひっそりと慎ましやかに生活をしていた。しかし平穏な日々は突如破壊された。モンスターの一団が攻めてきたのである。
エルフは精霊力が高く装備品や持ち物に特殊な能力が付加された物が多い。つまり非常に価値が高い貴重品なのだ。それを狙われたのである。
スナイデルの父と母も応戦した。魔法が使えない代わりに(エルフである母の能力は遺伝しなかったようだ)剣術に自信を持っていたスナイデルも仲間たちと一緒に戦った。
エルフは魔法が使えるが戦闘向きではない。モンスターたちに続々と同胞が倒されていく。
劣勢を悟り、スナイデルだけでも逃がそうとする父と母。両親が自分を守り折り重なるようにして倒れた時、涙に濡れた視界の端に銀色の光が瞬いた。
なだれを打ったように崩れていくモンスターの一団。あっという間の出来事だった。
気付けば白銀の鎧を身に纏った青年が側に立っており、こう言った。
「間に合わなかった。すいません・・・」
それからのことはほとんど記憶にない。覚えているのはその青年と一緒に両親と仲間たちを弔ったこと。そしてその青年に連れられてモンマルトル寺院に来たことだ。
青年は師範代をしていて門下生と一緒に稽古をしていた。スナイデルは稽古に参加していなかった。
家族を失った絶望に打ちひしがれて、いまさら稽古をする意味を見いだせなかったからだ。それでも寺院で食べさせてもらっている。
掃除くらいはせねばと境内を掃いている時、稽古終わりの白銀の青年を見た。気になって後を追うと、寺院の裏手にある広場に向かった青年は他の2人の師範代と一緒にさらに過酷な修行を始めたのだ。
それぞれ能力は違えど、みんな同じようなレベルに見える。この3人でなかったらこの修行自体が成立していないだろう。その光景を見てスナイデルは涙を流した。
「いま自分は何をしているのか?自分にもっと力があれば両親と仲間を助けられたはず。それなのに自分は何もしていない。一方であれだけの力を持った者たちが血のにじむような努力をしている。おそらく次は『間に合わせたい』と考えているのだろう。あの者たちのようにはいかないかもしれない。でも今度は私が『誰かを助けられるよう/間に合うように』努力すべきなのではないか」
そう考えたスナイデルはその日のうちから稽古を開始した。元々稽古に熱心な者しかモンマルトルにはいないが、その中でも群を抜いていたという。
メキメキと力を伸ばし3つの試練をクリアして師範代になったということだ。指導をしてくれた3人の師範代の中でも自分の魂を救ってくれた白銀の青年を「師匠」と呼んでいるらしい。
「少し喋りすぎたかもな。まあ、こんなところだ。今日は早く寝な」
そう言ってスナイデルは温泉を出て行った。
「・・・」
こちらから聞いておいて、言葉が出なかった。すごい話だ。リーベルは早く稽古したいと武者震いをしていた。
それから数か月・・・
パシャッパシャッパシャッパシャッ!
水の上を走るリーベルがいた。片方の足が水に沈む前にもう一方の足を出す。その足が沈む前に・・・。と言うのは簡単だが難しいことをリーベルはやってのけた。
そして・・・
ツン、ツンツン!ツンツンツンツン!
「!」
ザッバーン!
ジャンが水の中から出てきた。
「うわー。びっくりした。急に起こすんだもん」
水中昼寝の修行だ。あまりにも長く寝すぎて心配になり、水中で寝ているジャンを棒で起こしたのだ。
「ジャン!いくらなんでも寝すぎだよ。こっちがびっくりしたよ。そんなに寝る時間があるんだったら『水上走り』を練習しなよ!」
リーベルが言った。くっぴーも目を大きくして驚いている。
「ふ~ん。なかなか面白いのがいるじゃない。楽しみだわ」
水の稽古に一緒に参加していた女性が親しげにスナイデルと話をしている。『破の間』の師範代、アリサだ。
何かの作戦で不在にしていたのだが先週モンマルトルに戻ってきたのだ。噂ではとんでもない魔法使いらしい。
先のことはさておき、リーベルはついに『守の間』で身に付けるべき課題をクリアした。
ジャンは残すところ『水上走り』だけだった。その夜のことだ。いつもの通り、瞑想をしていると
「リーベル。こっちへ」
スナイデルに呼ばれた。
「明日の早朝、朝日が昇る時間に『試練の間』に来い。準備は万端に」
「わかりました」とリーベル。
いよいよだ。リーベルは瞑想に戻り、意識を集中させた。
次の朝。試練の間に着いた。中に入るとすでにスナイデルが座っている。一礼をして、座った。
「これより『守の試練』を行う。試練の内容は私との一騎打ちだ。その内容で私が合否を決める」
心の準備はできていた。
「はい。わかりました。よろしくお願いします」
不思議なことに『守の間』での稽古は広場での「型1万回素振り」はあっても実際に武器を持って戦う実戦的な稽古はなかった。
誰かと剣を交えるのは数か月振りである。ましてや、スナイデルとは初めて対峙することになる。お互い一礼して構えた。始まる。と、スナイデルが驚いたように目を大きくした。
「リーベル、一番最初に誰に剣を習った?」
「お父さんです」とリーベル。
「お父さんの名前は?」
「カイル、と言います」
「!・・・そうか」
スナイデルが少し微笑んだように見えた。が、すぐに表情を引き締めなおす。
「はじめ!」
『守の試練』が始まった。
疾風の剣士 スナイデル
血は争えぬものだな。すでに基礎の基礎は叩き込まれていたということか。筋がいいのもうなずける。師匠らしいといえばそれまでだが・・・。さて、修行の成果を見せてもらおうか。
ペンタコイン×3枚
①英語(TOEIC)や簿記などの資格や
受験勉強、お子さんの漢字/計算
学習など習慣づけしたいことを「
1日30分」あるいは「1日30回」
実施してください。
②1日できたらペンタコインを1枚ゲ
ット。疾風の剣士 スナイデルは3
枚持っているので3日実施出来た
ら勝利です。次のストーリーに進
んでください。
疾風の剣士 スナイデルの紹介
モンマルトル寺院で「守の間」の師範代を勤めるハーフエルフの剣士。目にも止まらぬ動きと踊っているような美しい剣技は味方に信頼感と安心感を、敵に恐怖と絶望を与える。装備する大剣は魔法力を帯びており、刃からぼんやり白い光が放たれている。正体が謎に包まれているため、「疾風」という異名で敵から呼ばれている。