『守の試練』とは異なり、アリサと乱取りをするのは初めてではない。
魔法使いであるアリサと魔法を使えないリーベルとの戦いは基本的に「追いかけっこ」の構図になる。
距離を詰めたいリーベルと距離を取りたいアリサ。いくらリーベルが『守の間』で素早い足さばきを身に付けたといってもアリサも同様、基本動作として身に付けている。
いや、むしろアリサの方が上だ。追いつくのは容易ではない。さらにアリサはありとあらゆる魔法でリーベルの行く手を阻んでくる。
「烈・アイス」
ヒュゥゴゴゴオゴゴォオー!
有効範囲が広い冷熱系の魔法だ。偵察隊の隊長が口から放った冷気とは比べ物にならない威力。リーベルは想いの盾を構えると同時に『魔法のコア』に自分の『気』を当てて威力を減殺する。
ヒュウゴォオー。
距離を詰めながらうまくやり過ごせた。その流れで強く踏み込むがアリサに一歩届かない。
「今の動きは悪くなかったわね」
魔法を防御するには『魔法のコア』に自分の『気』を当てることが有効な手段になる。『魔法のコア』を見極めること、そして自分の『気』を自在にあやつることが重要だ。
スナイデルのように緩急をつけながら距離を詰めようとするリーベル。緩急が効いたのか、魔法による防御線が弱まったように感じた。
「チャンス!」
マックススピードで接近して剣を振り下ろした。
「届く!」
そう思った瞬間。
「超・リープ」
ブン。
アリサの姿が消えた。空振りさせられたが体を止めてスキを見せない。そして、後ろだ!
アリサを追いかけようと振り返ったリーベルは見た。すでに次の魔法の準備を完了したアリサを。しかもあの魔法は・・・
「烈・サンダー」
バキバキ、ズガァアアアーン!
巨大な雷がリーベルに直撃した。一瞬の静寂。
「くっ・・・」
リーベルは立っている。耐えた!なんとか間に合った。サンダー系の魔法はスピードが速く、いなすことはできない。直撃するタイミングに合わせて気を発して相殺するしかない。盾の助けがないので気を相当消耗してしまうが。
今はなんとか上手くいった。しかし、やられたという気持ちの方が大きい。「リープ」→「サンダー」のコンビネーションは魔法使いが剣士と戦う時の必勝パターンだ。
上手く誘われてしまった。そのパターンを知っていたおかげで何とか防御できたのは修行の成果と言えるだろうか。
「うん。いいわね。虚を突かれても『烈』レベルなら気のみで防御できるみたい。でも残念なのが『極』を使える敵がいるってことなのよね・・・」
スナイデルの時と同じだ。常に試されている。そして・・・来る。アリサは『極』レベルの魔法を使う気だ。ごくり。リーベルはつばを飲み込んだ。
稽古で一度『極・アイス』を受け損ね、大ダメージを受けてしまったことがある。リーベルの『気』では太刀打ちできなかったのだ。アリサの治癒魔法で事なきを得たが・・・。戦いだとそこで終わっていただろう。
もちろん稽古を重ねてあの時の自分とは違うという思いはある。しかしこの試練ではすでに『気』を大量に使っており、精神面で消耗している。
体の限界よりも早く気力の限界が来そうだ。どうすべきかリーベルは考えたが、すぐに思い至った。自分は剣士だ。攻め続けるしかない!
「おおおぉおおー」
今まで以上の勢いでアリサを追った。アリサの魔法力も無限ではない。自分は攻め続けるだけだ!ありとあらゆる体術を駆使してアリサを追いつめる。
「烈・リープ」
「烈・ファイア」
「超・リープ」
アリサは移動系の魔法を使う頻度が増えてきた。それだけリーベルが距離を詰められているということだろうか。わからないが、行くしかない!
「超・リープ」
「超・リープ」
慣れてきた。行ける!「超・リープ」で距離を取ったアリサの方に体を向けた瞬間、リーベルは今までとは異なる詠唱(魔法の準備)をアリサがしていることに気づいた。まずい!
「烈・スロウ」
ブゥゥワァアアーン
一定範囲の時間の流れを遅くする時魔法がリーベルをとらえた。リーベルの周りだけ、時間が経過するのが遅い。周りの目からすると、リーベルはスローモーションのような動きをしている。
「やられた」
リーベルは舌打ちしたい気持ちになったものの『烈・スロウ』の効果はさほど長くない。その時間をなんとかやり過ごせれば・・・と考え得た。しかしリーベルはアリサの動きを見て
「ぎょっ」
とした。短い時間。アリサにはそれで十分だった。
アリサは素早くいくつかの印を結び、手のひらから青い炎を出現させていた。その青い炎は槍のように細く、細く凝縮されていく。
『極・ファイア』だ。この魔法の発動に必要な、少しの時間があればよかったのだ。もうすぐ『烈・スロウ』の効果は消滅する。
が、すでにアリサは細くなった炎の槍を引き絞り、弓のように発射する態勢に入ろうとしている。その目標はもちろん、リーベルだ。
来るとわかっていても動けない。リーベルは目を閉じた。いまは動いても無駄だ。これから『極』クラスの超絶魔法が自分を襲う。それまでにできることはアリサに教えてもらった『気』を準備することだけだ。
丹田を意識してありったけの気を練る。リーベルは緩やかに経過する時間の中で気脈を通じて全身に気を巡らせた。
勝負は一瞬だ。『烈・スロウ』が解けた一瞬を狙ってアリサは撃ってくる。両手の平をアリサに向ける。そして、その瞬間は訪れた。
・・・!!『烈・スロウ』が解けた!
「極・ファイア」
ピン!
むしろ淡泊な発射音に背筋が凍りそうだ。青色の超高温/超高速の炎の槍がアリサから放たれた。
「んんんんんっっ!!!」
リーベルは目をそらさず『魔法のコア』を見極めて全力で「気」を発した。
ボォオオゥウウワァッ!
青色の細い炎はリーベルの胸を貫いたように見えた。そしてフェニックスのような鳥の形に広がり霧散した。
ボオオオォォォーン!
超高温に熱された空気が膨張し、いまさらながらに轟音を立てる。
リーベルは・・・突然前方に走り始めた。アリサは『極・ファイア』の発射態勢のままだ。剣を振り下ろすリーベル。
「アイアンウォール」
ゴオォーン!
剣はアリサの防御魔法で止められた。と、
「ここまでね」
アリサが両手を下ろした。
「破の試練、合格よ」
「はあっはあっはあっ」
肩で息をするリーベル。
「よく『極・ファイア』をかわしたわね」
そう。アリサが放った炎熱系の超絶魔法に対し、リーベルがぶつけた『気』は魔法のコアをとらえ、進行方向を微妙にずらすことに成功したのだ。
胸を貫いたようにも見えた魔法はわきの下を通っていた。すなわち、かわすことに成功したのだ。
「『破の試練』の合格基準は『極』レベルの克服よ。おめでとう、リーベル」
アリサはにっこり微笑んだ。リーベルはしばらく、ただ立ち尽くしていた。