「丹田で練った気をみぞおち、喉を通して眉間へ。そして頭頂部から気脈を通じて全身に行き渡らせるイメージをするの。ダメダメ!全然できてない!」
アリサは頭を振った。長い銀髪がしなやかになびく。
リーベルは目をつぶり、座禅を組んだ状態だ。左右の手のひらは親指と人差し指をくっつけた状態で上に向けている。『気功』の修行だ。
額からボタボタと汗が落ちる。見た目は地味だが、消耗が激しい。気を失いそうになるのを懸命にこらえている。
『破の間』の師範代であるアリサは魔法使いだ。表情が豊かでよくしゃべる。
目に見えない「気功」や「魔法」のことを身振り手振りを交えて教えてくれるのでわかりやすい。
リーベルのお母さんも魔法使いだから、魔法使いがどれだけ頭がいいか知っている。
知識だけでなく知恵。そしてそれぞれ異なるように見えることをつなぎ合わせて本質に迫る観察眼、新しいものを生み出す構築力と想像力。すごいの一言だ。
よくよく考えるとアリサは3つの試練をクリアしたからこそ師範代になれたわけで、頭がいいだけではなく体術にも優れている。
時おり教えたことをリーベルがきちんと理解しているか、ぱっちりとした目でまっすぐ顔を見られるとドキッとしてしまう。要するに・・・綺麗でカッコいいお姉さんだ。
しかし、修行の厳しさは言うに及ばない。現在『破の間』で修行をしているのはリーベルだけだ。どれだけ試練が狭き門なのかがわかる。
水分を補給した後は魔法の授業。
「魔法は体内部の『気』を物理現象に変換する行為なの。その成り立ち、理(ことわり)を知らなければならない。自分が魔法使いになるかどうかは関係ない。知らないと対処ができないし魔法に対する防御もできない」
ガリッガリッ!ガリッ!
ノートに一生懸命書いて理解、自分のものにしようとする。
「魔法は属性によってたくさんの種類があるわ。一番わかりやすいのは「炎熱系・ファイア」「冷熱系・アイス」「電撃系・サンダー」。「移動系のリープ(跳躍)」というのもある。次に強弱のランクよ。弱いものから強いものへ「呼称なし」「超」「烈」「極」とランク付けされていて、その上は・・まあいいわ。これに出会うことはまずないし。さっきの例でいうと「ファイア」「超・ファイア」」「烈・ファイア」「極・ファイア」といった具合ね。ランクが上がるほど威力は強くなるし扱える者は少ないわ」
リーベルが戦った魔法使いは「ファイア」と言っていた。あの威力で最低のランクだったのだ。それ以上の威力となったら・・・。
「あらゆる魔法を知りなさい、覚えなさい。相手がどんな魔法を使ってくるかはわからない。魔法を使わないかもしれない。戦いには幾万、幾億通りの選択肢がある。可能性のある選択肢を1つでも多く頭の引き出しに入れておきなさい。知っているどうかが一瞬早く体が動くか、動かないかの分かれ目になるわ」
魔法使いの戦い方がわからないとどれだけ苦戦するか。リーベルはすでに経験していた。
「では実際にやってみるわよ。外に出て」
寺院の外に出た。
「危ないから発射はしないけど、よく見てて。まずこれがファイア」
ボォオオオー。
上向きにしたアリサの右手から赤い炎が立ち上った。ボウリングの球くらいの大きさだろうか。確かに、リーベルが戦った魔法使いが放った炎もこんな感じだった。
「次は超・ファイア」
ボオォオオォオオオオオオー!
炎が一気に大きくなった。立ち上る炎はアリサの身長の高さくらいになるだろうか。1段階でこんなに変わるとは。炎の球というより、大玉になった。何より、熱い!
一番近くにいるアリサは涼しい顔をしているが大丈夫なのだろうか?
「次、烈・ファイア。まだあなたの耐性は弱いから離れてて」
耐性?よくわからないがアリサの言う通り距離を取った
「いくわよ」
いったん炎を消した。手を伸ばして頭上で両手を合わせた。そしてゆっくりと手を開いていく。すると、
ボッ。
小さく、黄色い炎が頭上に現れた。
「熱っっ!」
思わず声が出た。
「耐えられなかったらもっと距離を取るか、いつも修行でやってるように気を体に巡らせなさい!」
丹田で練った気を頭上から全身に行き渡らせるようイメージする。いくぶん熱さがやわらいだような気もするが・・・だめだ。耐えられない。
ザザザザザッ。
リーベルは距離を取った。
『超・ファイア』に比べて炎は小さいが格段に熱量は大きい。炎の色に関係があるのだろうが・・・。
意識がもうろうとしてきた。
「今回はここまでね」
アリサが『烈・ファイア』を消した。
「お昼の後に次の稽古を始めるわ」
リーベルは井戸に行き、頭から水をかぶった。『破の間』での稽古は『守の間』とは全く異なる部分を鍛錬している。
しかし、あの稽古がなかったら今の自分はいないだろう。リーベルは『守の試練』、スナイデルとの一騎打ちのことを思い出した。
キィーン!
間合いの外にいると思っていたスナイデルの斬撃を間一髪で受け止めた。
スナイデルの迅さはわかっていたことだ。しかし、迅いだけではない。スナイデルは間合いの取り方に緩急をつけることで迅さを際立たせている。
そして反撃しようと思った時には滑るように間合いから離れていく。さすが。圧倒的な実力だ。しかし!
ガキィン!キンキンキキィンー!
リーベルも滑らかな足さばきでスナイデルを追う。これが稽古の成果だろうか。まるで羽が生えているかのように軽く、スムーズに動くことができる。
水の上を走れるようになっているのだから当然か。足と連動して剣さばきも鋭くなっている。さらに・・・呼吸が続く!無呼吸でも数十回と剣を繰り出すことができる。リーベルの連続攻撃にスナイデルは防戦一方だった。
「いける!」
そう思った瞬間、リーベルの斬撃が空を切った。剣で受け止められるのではなく「空を切った」のである。
「!?」
リーベルは一瞬何が起こったのかわからなかった。が、スキを見せない。
「ほう。空振りしても体が流れない。しっかり『止まれている』じゃないか」
リーベルは悟った。スナイデルはこれまでの稽古で学んだことが実戦でできているか1つ1つチェックしているのだ。
戦闘で空振りをするというのは致命的なミスだ。剣の勢いで体が流れてスキだらけになるからである。仮に空振りをしたとしても『止まる』ことで体が流れるのを防ぐことができる。だから「静と動」だったのだ。
「いける」と思った自分が恥ずかしかった。スナイデルはリーベルが空振りするように誘っていたのである。
「ではぼちぼちギアを上げるか。付いてこいよリーベル?」
キィーン!
スナイデルの斬撃を目の前で受け止める。ものすごい踏み込みだ。
タタタ、タタタ、タタタタタ!
盗賊団のアジトで見た、踊るようなステップが来た。
ギィキキィキキキィィキイイィイイーン!
果てしなく続くかのような猛攻。
「おおおぉおぉおー」
リーベルも必死で防御している。これだけ剣を交わしているとわかる。スナイデルの剣は淡く、白い光を纏っている。おそらくエルフの魔法が付与されているのだろう。斬撃が重く迅い。
ザッ!ガガッ!
さすがのリーベルも受けきれずに傷を負う。しかし、ダメージがない。スナイデルの剣が持っているであろう、魔法の効果だろうか。
しかしそんなことを気にしている場合ではない。激しい応酬。呼吸が続かなくなってきた。もういい。この一呼吸に全てを賭ける。剣を繰り出し続けた。
「うぉおおおおおおー」
次の瞬間、カシュッ!
リーベルの剣先がスナイデルの右腰あたりの衣服をかすめた。すると。
タタタタタ・・・タタタ・・・タタ・・
突然、そして悠然とスナイデルは距離を取った。そして
「よくやったリーベル。『守の試練』合格だ」
「えっ?」
「俺に一撃でも入れたら合格。そういう試練だ。かすっても一撃は一撃だからな。まさか勝つ気だったのか?」
スナイデルは笑った。リーベルは静かに、ぐっとこぶしを握り締めた。もう2週間も前の話だ。